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住む人がいなくなった実家跡地を、太陽光発電に変えた理由

私が1基目の低圧太陽光発電所を建てた土地は、もともと実家があった場所でした。

私の家は、私で23代目になります。

そう書くと少し大げさに聞こえるかもしれませんが、昔から続いてきた家の土地を、自分の代でどう扱うのかは、私にとって簡単な問題ではありませんでした。

単なる不動産ではなく、家族の歴史や思い出がある土地です。

できることなら、何らかの形で残したい。

でも、現実は思っていたほど簡単ではありませんでした。

目次

実家を残すには、現実的な問題が多かった

もともとは、実家の建物をどうにか活かせないかと考えていました。

古い家ではありましたが、代々続いてきた家でもあります。

簡単に壊すという気持ちにはなれませんでした。

しかし、実家の建物はかなり古く、リフォームして住み続けるには相当な費用がかかることが分かりました。

さらに、その土地は建築基準法の条件を満たしておらず、新しく家を建てることも難しい土地でした。

つまり、建物を直すにも費用がかかる。

壊して新築することも難しい。

売るにしても、すぐに買い手が見つかるとは限らない。

そんな、使い道に悩む土地だったのです。

そう思っていたところ、まさかの出来事がありました。

親が中古の一軒家を購入し、実家を出ることになったのです。

正直、少し驚きました。

親を責めるつもりはありません。

年齢を重ねれば、住みやすい家に移りたいという気持ちも分かります。

ただ、住む人がいなくなった実家は、そのまま私が面倒を見ることになりました。

家の管理と、いずれ必要になる後始末だけが残った形です。

住む人がいなくなった実家と、跡継ぎに残された後始末

実際にやらなければならないことは、思っていたよりもたくさんありました。

家の中に残されたものの処分。

古くなった家の解体。

家の周りにあった樹木の伐採。

太陽光発電を設置するための整地。

そして、古い井戸のお祓い。

一つひとつは言葉にすると短いですが、実際に進めるとなると、手間も時間も費用もかかります。

家の中に残されたものを片付ける作業も、想像以上に大変でした。

生活していた家には、長年の荷物が残っています。

家具、衣類、古い道具、書類、思い出の品。

一つひとつ確認していく作業は、ただの片付けではありませんでした。

その中で、私の子供の頃のアルバムがすでに捨てられていたことも分かりました。

正直、少し悲しかったです。

「捨てるなら、せめて分からないように処分しておいてくれよ」

と思わず言ってしましました。

大人げないかもしれません。

でも、子供の頃の写真や家族の記録は、自分にとっては人生の一部です。

普段は見返すことがなくても、「もうない」と分かると、思っていた以上に寂しいものがありました。

実家の後始末というのは、物を処分する作業であると同時に、思い出と向き合う作業でもあるのだと思います。

ただ、すべてを残しておくことはできません。

思い出と現実の間で折り合いをつけながら、少しずつ片付けを進めていく必要がありました。

樹木の伐採、家の解体、井戸のお祓いまで必要だった

家の周りには、20本ほどの樹木がありました。

ただ「木を切れば終わり」という簡単な話ではありません。

倒す方向を考えなければなりません。

近隣への影響も気になります。

切った後の処分も必要です。

樹木の伐採と家の解体については、自分でできる作業ではありませんでした。

安全面もありますし、近隣への影響もあります。

そこで、複数の業者に相見積もりを取りました。

金額だけでなく、説明の分かりやすさ、対応の丁寧さ、作業範囲、こちらの事情を理解してくれるかどうかも見ながら、最終的にそのうちの1社に依頼することにしました。

実家の解体や樹木の伐採は、一度決めると後戻りできない作業です。

だからこそ、勢いで決めるのではなく、複数の業者に話を聞いて比較したことは良かったと思っています。

また、太陽光発電を設置するためには、土地を整地する必要もありました。

さらに、敷地内には古い井戸もありました。

井戸をそのままにして進めるわけにもいかず、お祓いも行いました。

家を片付けて、建物を解体して、木を伐採して、土地を整えて、井戸のお祓いをする。

文字にすれば一行で済むことでも、実際に進めるとなると、想像以上に大きな作業でした。

このとき私は、実家の後始末というのは、思っていた以上に重いものだと感じました。

受け継いだ土地をどう活かすかを考える前に、まずは片付けなければならない現実がありました。

放置していても、土地の管理責任は残る

住む人がいなくなった土地は、放っておけば自然に片付くわけではありません。

むしろ、誰も住まなくなったからこそ、管理の問題が目立つようになります。

実際に、太陽光発電所を建てる前には、台風で敷地内の木が倒れ、近所の方から連絡をいただいたことがありました。

また、屋根瓦が数枚落ちていたこともあります。

草が伸びてくると、「草を刈りに来てほしい」と連絡をいただいたこともありました。

自分では「今すぐ使う予定のない土地」と思っていても、近所の方から見れば、倒木や瓦、伸びた草は気になるものです。

この経験から、放置している土地は自分だけの問題ではないと強く感じました。

土地を持っている以上、近隣に迷惑をかけないように管理する責任があります。

草は伸びます。

木も倒れることがあります。

古い建物が残っていれば、瓦や外壁の傷みも気になります。

台風や大雨の後には、状態の確認も必要です。

固定資産税もかかります。

使っていない土地だからといって、何もしなくてよいわけではありません。

後始末だけで終わらせたくなかった

最初は、正直なところ、実家跡地の管理は負担に感じる部分もありました。

23代目として受け継いだ土地。

でも、現実には住む人がいない。

建物は古い。

新築も難しい。

近所から連絡をいただくこともある。

草刈りや倒木、瓦の問題もある。

このままでは、土地は資産というより、管理し続けるだけの負担になってしまう。

そう感じるようになりました。

ただ一方で、代々続いてきた土地を、ただの負担として終わらせたくないという思いもありました。

昔の形のまま守ることはできないかもしれない。

それでも、今の時代に合った形で、もう一度役割を持たせることはできないか。

そんなことを考えるようになりました。

そこで知ったのが、低圧太陽光発電だった

その頃に知ったのが、低圧太陽光発電という土地活用でした。

住宅として使うのが難しい土地でも、太陽光発電所としてなら活用できる可能性がある。

放置して管理だけが必要だった土地が、売電収入を生む場所になるかもしれない。

そう考えたとき、私の中で少し見方が変わりました。

太陽光発電を始めた理由は、単に投資として魅力を感じたからだけではありません。

使い道に困っていた実家跡地を、このまま放置したくなかった。

近隣に迷惑をかける土地にしたくなかった。

受け継いだ土地に、もう一度役割を持たせたかった。

そして、会社員として働きながら、会社以外の収入源も作りたかった。

そうした思いが重なって、低圧太陽光発電という選択につながりました。

2019年、1基目の太陽光発電所を建てた

そして2019年、実家跡地に1基目の低圧太陽光発電所を建設しました。

もちろん、簡単な決断ではありませんでした。

太陽光発電には初期費用がかかります。

ローン返済もあります。

天候によって発電量も変わります。

設置した後も、草刈りや点検などの管理が必要です。

しかし、それでも私にとっては、放置していた土地に新しい役割を持たせる選択でした。

実家としての役割は終わったかもしれない。

でも、土地そのものの役割まで終わらせる必要はない。

太陽光発電所として、これから先の生活を支える収入源になってくれればいい。

そう考えました。

会社に依存しない収入源を作りたかった

私が太陽光発電を始めた背景には、もう一つの思いがありました。

それは、会社に依存しない収入源を持ちたいという思いです。

長年、会社員として働いてきました。

会社の仕事には責任もあり、やりがいもありました。

しかし、50代になると、定年後の生活や将来の収入について考えることが増えてきます。

給与収入は、会社で働いている間は安定しています。

しかし、会社を辞めれば、給与収入はそこで終わります。

だからこそ、自分が働いていない時間にも、少しずつ収入を生み出してくれる資産を持ちたいと考えるようになりました。

太陽光発電は、毎月大きく稼ぐことだけが目的ではありません。

会社以外にも収入の柱を持ち、将来の安心につなげたい。

私にとって1基目の太陽光発電所は、土地活用であると同時に、会社に依存しない働き方を考える第一歩でもありました。

土地を手放さずに残せたこと

土地を手放すという選択肢も、考えなかったわけではありません。

管理の手間や費用を考えれば、売却してしまう方が楽だったかもしれません。

しかし、私の中には、代々続いてきた土地をできれば手放したくないという思いがありました。

昔の家の形をそのまま残すことはできませんでした。

家は解体しました。

樹木も伐採しました。

古い井戸のお祓いも行いました。

昔の景色は変わりました。

それでも、土地まで手放すのではなく、太陽光発電という形で所有し続けることができた。

そのことは、私にとって一つの区切りでもありました。

ありがたいことに、親や親の兄弟も、そのことを喜んでくれています。

家はなくなりましたが、土地は残っている。

そして、その土地が今は発電所として、会社以外の収入源になっている。

昔の形のまま守ることはできなくても、今の時代に合った形で受け継ぐことはできる。

そう思えるようになったことは、私にとって大きな救いでした。

太陽光発電は完全な不労所得ではない

実際に運用してみると、太陽光発電は完全な不労所得ではありませんでした。

草は伸びます。

発電量も確認します。

フェンスや設備の状態も気になります。

台風や大雨の後には、現地の確認も必要になります。

ただし、この記事で伝えたいのは、太陽光発電の管理ノウハウではありません。

私が伝えたいのは、実家跡地の後始末から始まった土地が、太陽光発電によって収入を生む場所に変わったということです。

放置していれば、管理だけが残る土地だったかもしれません。

しかし、活用方法を考えたことで、将来の収入源として役割を持たせることができました。

これは、私にとって大きな意味がありました。

受け継いだ土地を、今の時代に合う形で活かす

23代目というと、大げさに聞こえるかもしれません。

しかし、私自身は、昔の形をそのまま守ることだけが跡継ぎの役割だとは思っていません。

時代が変われば、土地の使い方も変わります。

昔は家族が住む場所だった土地でも、今は住む人がいないかもしれません。

農地として使われていた土地でも、耕作を続ける人がいないかもしれません。

古い家を残したくても、維持費や安全面を考えると難しいこともあります。

大切なのは、受け継いだ土地を放置せず、今の時代に合った形で活かすことではないかと思います。

私の場合、その一つの答えが低圧太陽光発電でした。

受け継ぐというのは、昔の形をそのまま残すことだけではない。

今の時代に合った形で土地に役割を持たせることも、一つの受け継ぎ方なのだと思います。

まとめ|実家跡地の後始末から、収入を生む土地へ

私が1基目の太陽光発電所を建てた理由は、単なる投資目的だけではありません。

住む人がいなくなった実家。

23代目として受け継いだ土地。

家の中に残されたものの処分。

子供の頃のアルバムがなくなっていた寂しさ。

家の解体。

20本ほどの樹木の伐採。

太陽光発電を設置するための整地。

古い井戸のお祓い。

台風で倒れた木。

落ちた屋根瓦。

草刈りの連絡。

そうした現実に向き合う中で、この土地をただ放置しておくわけにはいかないと感じました。

後始末だけで終わらせるのではなく、収入を生む土地として、もう一度役割を持たせたい。

土地を手放さずに、今の時代に合った形で残したい。

その思いが、低圧太陽光発電という選択につながりました。

もちろん、太陽光発電は設置して終わりではありません。

管理も必要です。

手間もかかります。

それでも、受け継いだ土地が会社以外の収入源になり、将来の安心につながっていることは、私にとって大きな意味があります。

これからも、このブログでは、太陽光発電の運用や、50代から会社に依存しない収入源を育てる過程を、実体験として書いていきたいと思います。

同じように、実家跡地や放置土地の活用に悩んでいる方にとって、少しでも参考になればうれしく思います。

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