「この仕事、お願いできますか?」
そう言われると、私はほとんど断ったことがありませんでした。
「少し忙しいですが、大丈夫です」
「やっておきます」
「私が対応します」
当時は、それが責任感であり、信頼に応えることだと思っていました。
頼られるのは、自分がこれまで積み重ねてきた経験を認めてもらえているからだ。
会社の役に立てている証拠だ。
そう考えていたのです。
しかし今振り返ると、頼られることと、すべてを自分で抱え込むことは違っていました。
私は頼まれた仕事を断れなかっただけではありません。
周囲がまだ動いていないことに気づくと、自分から先回りして仕事を拾っていました。
そして、一時的に引き受けたはずの仕事が、いつの間にか自分の担当になっていたのです。
「断らない人」に仕事は集まる
会社では、不思議なくらい仕事が偏ります。
期限が短い案件。
調整が難しい仕事。
誰もやりたがらない役割。
間違いが許されない資料。
そうした仕事は、一度引き受けて最後まで対応した人のところへ、次も集まりやすくなります。
一度きちんと対応すると、次も頼まれます。
次も引き受けると、
「あの人に頼めば対応してくれる」
「任せておけば大丈夫」
と思われるようになります。
頼られることは、決して悪いことではありません。
経験や信頼を積み重ねてきた証でもあります。
私自身も、任されることをうれしく感じていました。
誰かに必要とされている。
自分が会社を支えている。
そんな感覚もあったのだと思います。
だからこそ、「できません」と言うことが苦手でした。
断れない人は、責任感が強い人
仕事を断れない人は、怠けている人ではありません。
むしろ逆です。
「相手に迷惑をかけたくない」
「困っているなら、自分がやろう」
「最後は自分が何とかしなければならない」
そう考える人ほど、仕事を抱え込みやすくなります。
私もそうでした。
誰かが困っている姿を見ると、自分が動いた方が早いと思ってしまいます。
周囲の準備が遅れていると、このままでは間に合わないと不安になります。
誰かがやるのを待つより、自分で始めた方が確実です。
その場では、確かに仕事が前へ進みます。
しかし、その判断を繰り返しているうちに、気づけば自分の予定はいつもいっぱいになっていました。
月に6回ほどの会議準備を抱えていた
振り返ると、私は会社で行われる多くの会議や集会の準備を、自分で抱えていました。
経営会議。
安全会議。
部課長会。
職制会議。
会社全体の集会。
定例のものを合わせると、月に6回ほど会議がありました。
会議の準備は、当日の資料を作れば終わる仕事ではありません。
まず、会議で何を報告し、何を話し合うのかを整理して、次第案を作成します。
その内容を関係者に確認してもらい、意見を聞きながら修正し、承認を得ます。
次第が決まれば、今度は議事内容ごとに必要な資料を準備します。
各部門から数字や情報を集める。
内容に間違いがないか確認する。
過去の資料との整合性を確かめる。
役員や参加者が理解しやすい形に整える。
必要に応じて説明内容も考える。
私は、遅くとも会議の1週間前には、資料を関係者へ発信するようにしていました。
資料を直前に配布すると、参加者が十分に内容を確認できないまま会議を迎えてしまいます。
質問や修正事項が当日に集中すれば、会議そのものが長引くこともあります。
だからこそ、できるだけ早く準備し、参加者が事前に確認できる状態を作っておきたいと考えていました。
その考え自体は、間違っていなかったと思います。
問題は、その準備の多くを、自分一人で抱えるようになっていたことでした。
経営会議の準備は、いつの間にか自分の仕事になった
特に経営会議の準備は、最初から正式に私の担当だったわけではありません。
しかし、会議の日程が近づいても、誰も早めに準備を始めませんでした。
必要な情報がそろわない。
資料の提出が遅れる。
次第も決まらない。
このままでは、1週間前に資料を発信できない。
そう思った私は、関係者へ声をかけ、必要な情報を集め、次第案を作り、資料をまとめるようになりました。
最初は、会議を予定どおり開くための一時的な対応だったのだと思います。
しかし、それを何度か繰り返すうちに、
「次第は作ってくれる」
「資料もまとめてくれる」
「経営会議の準備は任せておけば大丈夫」
という空気ができていきました。
正式に担当を決めたわけでもありません。
誰かから明確に「あなたの仕事です」と言われたわけでもありません。
それでも、いつの間にか経営会議の準備は、自分の仕事になっていました。
一度引き受けた仕事は、黙っていても元には戻りません。
むしろ、きちんと対応すればするほど、その人の担当として定着していきます。
当時の私は、そのことに気づいていませんでした。
安全会議の資料も、ほとんど自分で作っていた
安全会議の資料も、ほぼすべて自分で準備していました。
災害やヒヤリハットの状況を確認する。
原因や背景を整理する。
実施した対策をまとめる。
今後の課題を考える。
関係者に伝わりやすい形へ資料を整える。
安全に関する内容は、表現の仕方にも気を使います。
数字や事実を間違えることはできません。
曖昧なまま会議に出すわけにもいきません。
「自分が一番内容を分かっている」
「自分で確認した方が確実だ」
そう考えると、結局、自分で作ることになります。
部課長会や職制会議、会社全体の集会についても同じでした。
議題の整理。
資料作成。
関係者との調整。
会場の準備。
当日の進行。
一つひとつは会社を運営するために必要な仕事です。
しかし、月に6回ほどある会議を、その都度先回りして準備していれば、通常業務以外の負担は確実に増えていきます。
「部下に説明するより、自分でやった方が早い」
管理職になってからは、部下に仕事を任せることも意識していました。
もちろん、会議資料を部下に作ってもらうこともできたと思います。
しかし、そのためには、まず会議の目的を説明する必要があります。
どの情報が必要なのか。
過去にどのような議論があったのか。
どの数字を使うのか。
誰に確認するのか。
どの順番で資料を構成するのか。
どこまで作れば完成なのか。
一から説明し、途中で確認し、修正点を伝え、最後に全体を見直す。
当時の私は、
「そこまで説明しながら作ってもらうより、自分でやった方が早い」
と考えていました。
実際、その1回だけを見れば、自分で作った方が早かったと思います。
必要な情報がどこにあるかも分かっています。
過去の経緯も把握しています。
関係者の考え方も知っています。
自分で進めれば、説明する時間も、確認する時間も必要ありません。
しかし、その判断を毎回続けた結果、部下に経験が蓄積されませんでした。
部下が経験しないため、次の会議でも自分が作ることになります。
そして、また「自分でやった方が早い」と考える。
完全に同じことの繰り返しでした。
短期的には効率が良くても、長期的には自分から仕事が離れない仕組みを作っていたのです。
部下に任せても、仕事は減らなかった
一部の仕事を部下に任せられるようになった時期もありました。
しかし、それで自分の仕事が減ったかというと、そうではありませんでした。
空いた時間に、今度は新しい改善活動を始めていたからです。
業務フローを見直す。
会議資料をさらに分かりやすくする。
新しい仕組みを考える。
誰も対応していない問題を見つける。
会社の中に改善できそうなことがあると、そのままにしておくことができませんでした。
誰かがやるまで待つより、自分で動いた方が早い。
そう考え、また新しい仕事を拾っていました。
結局、部下に仕事を任せても、空いた時間に別の仕事を増やしていたのです。
仕事が好きだったというより、
「もっと良くしたい」
「会社を止めてはいけない」
「問題を放置してはいけない」
という気持ちが強かったのだと思います。
今振り返ると、その考え方が自分自身を追い込む一因になっていました。
頼られることと、抱え込むことは違う
以前の私は、この二つを同じだと思っていました。
頼られる人は、自分で何とかしなければならない。
周囲が動かないなら、自分が動かなければならない。
自分が分かっている仕事は、自分でやった方がいい。
そう思い込んでいたのです。
しかし今は、少し違う考え方をしています。
本当に信頼される人は、すべてを一人で処理する人ではありません。
必要なときに周囲へ相談できる人です。
助けを求められる人です。
仕事を分担できる人です。
部下に経験させ、次に任せられる状態を作る人です。
そして、自分の限界を理解している人です。
一人で全部抱え込むことが、責任感ではありません。
自分がいなくても仕事が回る仕組みを作ることも、管理職の大切な仕事だったのだと思います。
AIを使い始めて、考え方が変わった
最近、ChatGPTやCopilotを使うようになってから、大きく変わったことがあります。
それは、
「全部自分で考えなくてもいい」
と思えるようになったことです。
文章の下書き。
資料の構成。
会議の論点整理。
説明文の作成。
想定質問の洗い出し。
改善案の整理。
以前なら、最初から最後まで一人で考えていました。
何もない状態から構成を考え、言葉を選び、何度も修正する。
それだけで、多くの時間と集中力を使っていました。
今は、最初のたたき台をAIに作ってもらえます。
考えがまとまっていないときは、質問を投げかけてもらうこともできます。
複数の立場から意見を整理してもらうこともできます。
もちろん、最終的な判断は自分で行います。
会社の状況や相手の立場を理解し、内容に責任を持つのは人間です。
しかし、
「最初から最後まで、すべて自分一人でやらなければならない」
という考え方からは、少し離れられるようになりました。
AIは、仕事を奪う存在ではありません。
少なくとも私にとっては、抱え込みすぎる人の負担を減らし、考えを整理する手助けをしてくれる新しいパートナーです。
頼られる人ほど、自分の状態を確認してほしい
仕事の予定は、毎日確認します。
会議の時間。
納期。
提出期限。
資料の発信日。
やるべきことは細かく管理します。
では、自分自身の状態は、どれくらい確認しているでしょうか。
睡眠は取れているか。
朝起きたときに疲れが残っていないか。
休日に仕事のことを考え続けていないか。
家族と話す時間を持てているか。
仕事以外の時間を楽しめているか。
責任感が強い人ほど、自分のことを後回しにします。
資料の完成は確認しても、自分の疲労は確認しません。
会議の日程は守っても、自分の休息は後回しにします。
しかし、自分の状態も、本来は仕事を続けるために管理すべき大切な項目です。
今日からできる、小さな問いかけ
もし今、仕事を断れずに抱え込んでいると感じているなら、仕事が増えたときに一つだけ自分へ問いかけてみてください。
「この仕事は、本当に私しかできないだろうか」
自分にしか判断できない部分と、誰かに任せられる部分を分ける。
最初のたたき台はAIに手伝ってもらう。
部下に任せるための手順を整理する。
期限そのものを調整する。
上司や関係者に、現在抱えている仕事を伝える。
方法は一つではありません。
部下に任せると、最初は自分で作るより時間がかかるかもしれません。
説明する手間もあります。
思ったとおりの資料が出てこないこともあります。
それでも、その経験がなければ、仕事は永遠に自分から離れません。
月に6回あった会議準備も、最初からすべて自分がやらなければならない仕事ではなかったはずです。
誰も早めに動かないから、自分が動いた。
自分が動くから、周囲は任せるようになった。
周囲が任せるから、自分の仕事として定着した。
そこには、私自身の責任感だけでなく、自分で作ってしまった仕事の流れもありました。
頼られる人でいることは、素晴らしいことです。
しかし、頼られるために自分を壊してしまっては意味がありません。
すべてを抱える人になるのではなく、周囲と仕事を分けながら、長く力を発揮できる人でいる。
それもまた、本当の責任感なのだと思います。
noteでも発信しています
今回の記事に関連して、noteではさらに実体験をもとにした内容も発信しています。
会社に尽くして働いてきた経験。
仕事を抱え込みすぎてしまった反省。
そして、50代からAIや発信を使って働き方を見直している過程。
ブログでは書ききれない気づきや、より具体的な記録もnoteにまとめています。
よければ、こちらもご覧ください。


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